アドベンチャーを求めて放浪した話。
ニューサウスウェールズ州の北部に広がるTweed Valley。
オーストラリアの中で、最も好きな場所でしてね。
Nightcap、Border Ranges、MebbinにMt.Warningなど、点在する国立公園はいずれも世界遺産に登録された温帯雨林の深い森に囲まれておりまして。
かのニンビン(Nimbin)もTweed Valleyに存する村の一つ。
1970年代にAquarius Festivalが開かれてニンビンの歴史がスタートしたのも。
ここがヒッピーの聖地となったのも。
多くのアーティストがここに移り住んできたことも。
すべてはTweed Valleyの自然に魅せられてのことであってね。
とかく、路上でものを売る人々ばかりが話題になりがちなニンビン。
それだけではないんですよ。
この息を呑むような大自然をね。
ぜひ奥様にも体感していただこうと。
2000キロ離れたアデレードからやってきたわけですよ。
Tweed Valleyの中でも、ひときわ高くそびえる休火山、マウント・ウォーニング(Mt.Warning)。
楯状火山の山頂からはバイロンベイ(Byron bay)や遠くゴールドコーストまで望むことができましてね。
ぜひ奥様にも登っていただきましょう。
目の覚めるような景色を奥様にも見ていただきましょう。
頂上までどれくらいかかるの?
私は過去に登ったことがありましてね。
きつかったのは最後の山頂アタックのみ。
だったような記憶が。
楯状火山の山頂部はね。
がけ状の岩場に鎖が打ってあってね。
その鎖につかまりながら、岩場をへばりつくように登って山頂へといたるんですよ。
最後の鎖セクション以外はそんなにキツイもんでもないですよ。
だったような記憶が。
何しろワーホリメーカーとしてゴールドコーストに滞在していたのは、もう10年以上も前の話。
観光で来てマウント・ウォーニングアタックしたのですら、2003年頃の話なので7年も前の話。
正直覚えていませんよ。
二時間あれば頂上まで行って帰ってこれるんじゃないすか?
たぶん。。。
奥様。
このウォーニング山アタックを試みるパーティーのリーダーは、経験者の私ということでよろしいですね。
よろしいですね。
ウォーニング山の登頂口からは、さほど遠くない山の中でベースキャンプを張っていた我々。
山頂アタックを試みる日は珍しく二人とも早く起きましてね。
入念な準備に時間をかけましょう。
ゴールドコーストで手に入れた日本語新聞にはまること二時間弱。
いかんいかん。
山頂アタックの入念な準備を。
朝ごはん。
山頂アタックの入念な準備を。
うんこしてきます。
大事ですよ。
それは。
そんなこんなで入念な準備に時間を取られましてね。
意気揚々とベースキャンプを発ったのは午後になってから。
山道を屈強な四輪駆動車でウォーニング山に向かいますよ。
山々が連なるこのあたりでも、ウォーニング山は頭一つ飛び出していましてね。
奥様。あれが本日アタックを試みるウォーニング山ですよ。
到着した登山口には看板がありますよ。
登山路 往復8.8キロ 4~5時間
なんですか?
トレッキングコースの入り口には、たいてい所要時間が書いてあるんですけどね。
好奇心が小学生並みの我々には、その二倍程度の時間が必要なんですよ。
そもそも8.8キロなんて。
死んじゃうべな。
もう一つ看板がありますよ。
冬季は午後12時以降の登山禁止
ですと。
オーストラリアの東端であるバイロンベイは目と鼻の先。
標高1000mを超えるウォーニング山はオーストラリアで最初に日が昇る場所ともいわれていましてね。
裏返せば日が暮れるのもオーストラリアで最初ということですよ。
春先の今頃でも午後5時を過ぎるとかなり暗くなるんですよ。
今の時間は?
午後二時をまわったところですね。
登ったことあるんじゃないの?
なにがですか?
ありますよ。登ったこと。
何でも聞いてくださいよ。
8.8キロもあったら二時間で帰ってこれるわけないじゃないの。
なにがですか?
今から登ったら暗くなっちゃうじゃないの。
死んじゃうべな。
パーティーのリーダーである私は決断をしなければならないですよ。
ここで強いリーダーシップを発揮しないとね。
パーティーは全滅してしまいますよ。
断腸の思いで。
明日にしましょう。
明日出直しましょうよ。
早起きしてさ。
午前中に登山を開始しましょうよ。
今日のところはベースキャンプに戻ってさ。
明日のために入念な計画を練りましょうよ。
入念な計画。
明日の朝は日本語新聞禁止。
翌日。
昨日のミーティングで決めたように、日本語新聞は手にすることなく登山の準備をベースキャンプでたんたんと進める我々。
奥様。
準備はよろしいですか?
では出発しましょう。
登山口に到着したのはね。
午後1時をまわったところ。
昨日と一時間しか変わらないじゃないの。
おまけに晴天だった昨日とはうって変わって曇天。
いまにも降り出しそうな空にね。
どうする?
とりあえず登りましょう。
やばくなったら引き返せばいいんじゃないですか?
心配しなくても引き返すタイミングはリーダーが決めますから。
登りだして30分もするとね。
けっこう勾配はキツイですよ。
そんなにキツくないって言ってたよね?
なにがですか?
さらに登っていくとね。
登山道はかなり急となるうえに足元も岩だらけでかなりキツイ。
そんなにキツくないって言ってたよね?
なにがですか?
前はこんなにキツくなかったですよ。
私が登った7年前はね。
こんなにキツイ山じゃありませんでしたよ。
いつからこの山はこんなにキツくなったんですかね。
これも地球温暖化の影響ですかね。
私が登った7年前はね。
私は20代でした。
時計を見ると午後2時半。
時折小雨が降ったり、晴れ間が覗いたり。
ここでリーダーは決断を迫られましてね。
奥様。
午後3時半をもって下山としましょう。
いいですね。
あと一時間たったら山頂に着いていなくても下山しますよ。
一時間半も歩いて、早くもヘロヘロですけどね。
私はあと一時間たったら強制的に下山する道を選びますよ。
いいですね。
わがままは許しませんよ。
死んじゃうから。
あと一時間歩いても山頂に着かない山なんてね。
こっちから願い下げ。
どうにかこうにか山頂目前の鎖セクションにたどり着いた我々パーティー。
上を見上げるとね。
壁。
こんなに急だったっけ?
しかもね。
下から山頂は見えず。
鎖でよじ登るのってほんの少しだけって言ってなかった?
なにがですか?
さあ、アタックを開始しますよ。
これはね。
かなりキツイですよ。
ゆっくりゆっくりと。
鎖をつかみながらよじ登っていく私。
先を登る奥様が振り返ってね。
私に向かって。
パーティーのリーダーである私に向かって。
なんで小鹿のようになってるの?
鎖を握った腕もね。
岩の隙間にかけた足もね。
産まれたての小鹿のようにプルプルと。
こんなにキツかったっけ?
ふと下を見るとね。
足元はすべて雲に覆われていて何も見えず。
我々のところまで霧が広がってきていますよ。
遠くからは雷鳴も。
死んじゃうべな。
三時間近く頂上を目指して登ってきましてね。
文字通り山頂は目と鼻の先ですよ。
あと一歩で息を呑むような景色が見れますよ。
鎖にぶら下がってプルプルしているリーダーはね。
決断を求められまして。
勇気ある撤退。
二時間近くかけて下山しましてね。
二人ともヘロヘロですよ。
ウォーニング山。
登頂ならず。
奥様。
私のオーストラリアで一番好きな場所の一つですよ。
ぜひ山頂からの景色は見てもらいたいですな。
またチャレンジしましょうよ。
でもね。
もう当分いいです。
どんぐらいキツイか忘れたころに再アタックしましょう。
7年後ぐらいに。
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