寝床を求めて放浪した話。
一ヶ月にわたる旅行中の宿はね。
基本的にキャンプ。
国内に散在する国立公園内にはキャンプグラウンドが整備されていてね。
施設はぼっとん便所のみというところがほとんどなんだけど、人里離れた国立公園内で静かにキャンプができるのでね。
施設使用料と国立公園の入園料を合わせ、一泊につき$5~$15程度徴収されます。
場所によっては水道や温水シャワーなどが完備されているところもありますけどね。
そういうところは人も多いのでね。
静かなキャンプグラウンドを求める我々は、必然と施設の少ないところ、アクセスの悪いところへと向かうわけですよ。
そうするとね。
キャンプグラウンドでのキャンプ中はシャワーを浴びないわけで。
三日もシャワーを浴びることなくね。
大自然の中を駆けずり回って。
焚き火に燻され続けて。
全身がカユイですよ。
このままだと汚れた夫婦になってしまうのでね。
キャンプグラウンドでのキャンプと、キャラバンパークのキャビンに滞在するというのを交互に繰り返したわけですよ。
キャラバンパークというのはね。
民間経営のキャンプ場でね。
広大なパーク内にはテント用のキャンプサイトとキャンピングカー用のサイト、それに共同のトイレやシャワー、ランドリー施設や共同のキッチンなどを備えていまして。
また、キャラバンパーク内には据え置きのキャビンと呼ばれるプレハブ小屋がありましてね。
一昔前は据え置きのキャラバン(牽引型のキャンピングカー)が主流だったんですけどね。
いまや、キャラバンはほとんど見かけることはなく、バス、トイレ、キッチンなどを完備したプレハブ小屋にとって変わられているんですわ。
今回滞在した中で、最安値は一泊$60で最高値は一泊$160。
ちなみに$160はキャビンの値段としては異常ですよ。
これについては、後述しますけどね。
このキャラバンパーク。
オーストラリアにはそれこそ全土に星の数ほどありまして。
大都市近郊にもあって便利なんですよ。
キャンプの疲れを癒し、シャワーを存分に浴びて、汚れた洗濯物も洗えてね。
まさにオアシスのような空間なのに、ちょっとしたキャンプ気分も味わえて。
さて。
そんなこんなで計33泊。
波乱万丈でしたよ。
今回の旅行はね。
スクールホリデーとばっちり重なってしまいまして。
この時期のスクールホリデーはどこの州でも二週間なんですけどね。
つまりは重なったといっても二週間だけのはずなんですよ。
ところがね。
州によってホリデーの時期が微妙にずれていましてね。
クイーンズランド州はニューサウスウェールズ州よりも一週間早く始まるんですよ。
おかげでね。
合計三週間スクールホリデーに苦しめられまして。
ゴールドコーストとシドニーのちょうど中間に位置するクレセントヘッド(Cresent Head)。
メローなレギュラーの波が岬に沿って規則正しく割れる、カリフォルニアのマリブのようなサーフポイントで有名なんですけどね。
そこから未舗装道を10キロほど走った国立公園内にキャンプグラウンドが三ヶ所あるんですよ。
クレセントヘッドに到着した頃には、日はすっかり暮れていましてね。
新しい場所には明るいうちに着いて宿探しを始めることが絶対なんですよ。
特にキャンプでテントを張らなければならないのであればなおさら。
そんなことは百も承知ですけどね。
達成困難な目標の一つ。
でしたな。
真っ暗な海沿いの林道を進んでいくとね。
ありましたよ。
キャンプグラウンド。
なんですか。
この混みようは。
ホリデー中といってもね。
施設の少ないキャンプグラウンドは比較的空いていることが多いんですよ。
ところがね。
奥様に言わせるとね。
難民キャンプみたい。
真っ暗な中でね。
もう隣同士のテントが重なり合っていてね。
そこらじゅうに焚き火があって。
大勢の人々がひしめきあっていて。
思えばね。
クレセントヘッドを含むここらへん一帯はね。
通称”ホリデーコースト”。
大都市シドニーにはね。
比較的早い時間に入ったんですよ。
これでゆっくり宿探しができる。
シドニー周辺にはキャラバンパークが少なくてね。
苦労しながらも、シドニーのシティから電車で15分ほどという好立地のキャラバンパークを見つけたんですよ。
キャビンは空いていませんよ。
テントサイトなら空いていますよ。
うーん。
テントか。
どうします?奥様。
テントサイトなら空いていますよ。
あと一つだけ。
決めます。
決めちゃってください。
普通ですよ。
35歳の夫婦がですよ。
旅行でシドニーに行ったといえばですよ。
ホテルでしょう。
別に超高級でなくともね。
ホテルでしょう。
それから三日間ね。
朝となればテントから這い出てね。
大都会シドニーの街に繰り出したわけですよ。
シドニーでは贅沢をしようと決めていたのでね。
食事は制限なしで食べたいものを食べたんですよ。
太っ腹にチップも払ってね。
またテントへと帰っていくわけですよ。
ところがですよ。
こんなのはまだ序の口でしてね。
首都キャンベラには夕方5時半に到着しましてね。
サマータイムも始まっていたため、5時半といっても昼間のような明るさ。
その頃にはスクールホリデーも終わっていたんでね。
さっさと宿決めてさ。
シャワー浴びようよ。
ブルーマウンテンでのキャンプ三泊の後だったんでね。
全身がカユイですよ。
シャワー浴びてさっぱりしたらさ。
ご飯でも食べに行こうよ。
ライトアップされた国会議事堂でも見に行こうよ。
ところがですよ。
宿がまったく空いていませんよ。
キャラバンパークだけでなく。
モーテル、ホテル、サービスアパートメントなどなどすべて満室。
誰に聞いても理由は分からない。
あたりはすっかり暗くなってきてね。
10キロほど離れた隣町まで足を伸ばしてみたんですけどね。
すべて満室。
パブホテルですら満室。
この頃になるとね。
ちょっとやばいかも。
と思い始めてきまして。
なにしろ、すべて満室の上に時間的にはレセプションが閉まる頃ですよ。
車中泊という言葉が頭をよぎる中。
さらに車で右往左往してね。
看板が”VACANCY”となっているキャラバンパークを見つけたんですよ。
入っていくとね。
すでに閉まったレセプションの建物の前に備え付けられたインターフォンを押し続ける先客が一人。
彼はバイク乗りみたいですよ。
我々よりも緊迫した人がいる。
ちょっと安心。
彼が言うにはね。
パウダーフィンガーのライブでどこも満室だ。
20年のキャリアを持つオーストラリアのロックバンド、Powderfingerは活動休止を表明していてね。
最後のツアーを観ようと全豪から人が押し寄せているんですわ。
なるほど。
そりゃ空いてないわな。
しかしね。
宿探しを始めてからすでに5時間以上。
なぜ故に誰もPowderfingerのことを教えてくれなかった?
もっと早くその事実を知っていればね。
対処法もあったはず。
そろそろ飯食ったほうがいいんじゃないですか?
現実逃避。
オレも奥様もね。
そろそろ分かっているんですよ。
今夜は車中泊。
でもね。
キャンプの後だし。
カユイし。
臭いし。
しかもね。
旅行は後半に差し掛かっていてね。
車内は掃き溜めの様相。
あんなところで寝れませんって。
もはやレストランも閉まる時間となりましてね。
世界のマックへ。
24時間営業ですよ。
もうこのまま朝までここにいるか。
ゆっくり食べてみてもですよ。
つぶせる時間なんてせいぜい20分ぐらいのもので。
椅子だって一見ソファ風ですけどね。
30分も座れば痛くなってくるし。
行きましょうか。
どこに?
隣町まで行ってみましょうか?
50キロ離れた隣町。
時間は深夜12時近くですよ。
オレだって分かっているんですよ。
キャンベラなんていうのはね。
首都だけどね。
何もない山の中に首都を作ったのであってね。
5分も走れば何もない山の中に入っていくんですよ。
そんなところを50キロも走ったってね。
レセプションが開いている宿なんてあるわけないじゃないの。
そもそも隣町の規模すら分かりませんよ。
町というか村っぽいし。
車を走らせて5分もすればね。
あっという間に真っ暗な山道ですよ。
日付、変わりましたね。
たどり着いた隣村。
真っ暗ですよ。
モーテルは2件ほどありますけどね。
真っ暗ですよ。
インターホン押してみますけどね。
無視されていますよ。
奥様。
いよいよ腹を決めないと。
いいですね。
ここで寝ましょう。
波乗りに行ってね。
車中泊をするなんてことはよくありますわな。
でもね。
全然違いますよ。
旅行中にね。
真っ暗なハイウェイの脇のね。
休憩スペースに車を停めて夫婦で寝るというのは。
いやぁ。
寝れねぇって。
とはいえ。
翌朝目を覚ました頃にはすっかり明るくなっていてね。
横を走るハイウェイにはけっこうな交通量が。
こんなところで寝ていたんですか。
キャンプに車中泊とね。
すっかり汚れた夫婦はね。
朝一番でインフォメーションセンターに行きまして。
空いているキャビンはないですか?
一番安いので一泊$160。
法外ですよ。
キャビンで$160なんて。
空いているモーテルで$140。
どうしますか?
ここで考えていたら昨夜の二の舞ですよ。
普段なら$160のキャビンなんて泊まりませんけどね。
ま、いっか。
昨夜は宿泊代かかってないし。
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